るまるにっき

Daily record 2018

野良仕事と生きる

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野良仕事がすき。太陽の光をあびると気持ちがいいし、風が吹き抜けると気持ちがいいし、ある時の曇りの畑の濃く深い緑や、シルバーの空の下で仕事をしているとふと自分を振り返りたくなる気持ちになったりとか、雨の日は仕事が出来ないから家で過ごせるやったあというたまのおやすみみたいなラッキーな気持ちとか。旦那も同じ野良仕事だから一緒に過ごせたり、一緒に部屋の大掃除をしたり(手伝わさせている?)

そして、雨上がり。しっとりとした空気、土の匂い、私たちを育み続けてきた続けてきた色々な匂い、休んだ体が野外に解き放たれる爽快な感じ。みずみずしい心になって、また、野良の仕事に向き合う。よしボチボチやりましょうか、って。

今の時期は虫も喜んで地面に伏せている。今日はてんとう虫を見つけた。一緒に仕事をしていたおじいちゃんと、野草の話しや、果物の話し、一人暮らしは大変だって話し。

おじいちゃんはもう89歳になる。けれど、ほとんど一人で農業をしている。親戚も県内にいない。ほとんど一人だ。しかし周りに知り合いがいる。飲み仲間がいる。遠方にはそのおじいちゃんが作った作物を求めにやってくるお客さまもいる。おじいちゃんが作る作物は、うつくしい。畑もきれい。何より笑顔がいいと思う。よく一緒に笑ってくれる。歳のうんと離れた私の話に、上から意見するのではなくて、いつも、一緒になって話してそしてやっぱり、笑ってくれる。だから私は、適応障害で落ち込み続けて辛かった時期を乗り越えて、また、野良仕事に復帰できようかとしている。

本当にたくさんの物事人に恵まれて、立ち直らさせていただいた。感謝しても仕切れない。総じてこういう感情に名前をつけるなら「ありがとう」の言葉しか浮かばないだろう。

死のうとして、輪島に行き、自分を見失い、未来を知らない誰かに乞いに行こうとし、我を曲げられずひねくれたままで、家族へは素直な言葉を話せず、帰るところも、行きていく気力も、財も何もなく、中途半端でほとんどが助けていた私の目に映る世界の中で26年間行き続けた私。生きてきてしまった私。生かされてきた私。

自分で死のきっかけを探すのに諦めなど、ないとはまだ言えない

けれど、やっぱり私には恩義を返したい人がたくさんいて、もう一度会って話したい人がいて、もう一度訪ねたい場所があって、行ってみたい場所があって…

そう思うと私の心は知らぬ間に未来を生きたいと願っていることに気がつく。死にたいの反対は、生きたい、だって、そんな小賢しい言葉をどこかの本で見かけた気がするけれど、そうだと思ったし、どうせいつか死んでしまうならいま死ななくてもいい。そう、またその輪島の海の前で思った。だから、帰れた。実家に。

入院はしてしまったけれど、どんなところにも気づきが用意されていて、縁が転がっていて、それらにまじわれる自分がいる事に、驚き、喜び、また、未来の方をみる。

生きるって、案外、難しい。死ぬって案外、難しい。

難しいから、生きようとする本能が、工夫が、煌めきが生まれる。私は人間で、私は私なんだと、貴方は貴方で、他人は他人ですよと。

気楽にボチボチ生きよと声がする、できないから死のうとした

けど、わかってしまった、まだ死ねない理由が

 

あしたから、野良仕事をしに、山へ。大学の先輩とともに。和ハーブ。カキドオシや、よもぎ。猫の手になれるか、少し不安だけど、行きたいです、ワクワクしたいです

生きるって、自然にできること

そういう環境と、自分を探すこと。

死ななくてよかったな